歌枕を訪ねて(8)「難波潟・難波・難波江」 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 22, 2023 小倉百人一首の歌枕・伊勢の「難波潟」元良親王の「難波」皇嘉門院別当の「難波江」を訪ねました。 百人一首で3回以上同じ土地が詠われる例はなく、当時の風景とは地形的にもかけ離れているためイメージするのが難しいと思いますが、この動画でなんたなく想像できるかと思います。 続きを読む
歌枕を訪ねて(7)第六十番歌「大江山・生野・天橋立」 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 1月 06, 2023 小倉百人一首の歌枕・小式部内侍の「大江山・生野・天橋立」を訪ねました。 この歌は三十一文字の中に三つの歌枕を入れて詠み、嫌味を言った藤原定頼(第六十四番歌の作者)に返した歌で、代作疑惑を見事に晴らしました。「おおえやま」の位置は諸説あり、歌に出てくる順番からすれば都に近い「大枝山」の方だと思われます。 続きを読む
歌枕を訪ねて(6)第二十四番歌「手向山」 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 12月 11, 2022 小倉百人一首の歌枕・菅家の「手向山」を訪ねました。 東大寺大仏殿の東に位置し、紅葉の名所として知られる手向山に鎮座する手向山八幡宮は、大分県の宇佐八幡宮から東大寺の守護神として迎えられ創建されました。 菅原道真が宇多上皇のお供でこの手向山八幡宮に参拝し、腰を掛けたとされる菅公腰掛石があり、建物は老朽化しつつも趣があり、神社周辺には東大寺二月堂・三月堂・四月堂と見どころが満載です。 続きを読む
歌枕を訪ねて(5)第十八番歌「住之江」 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 12月 04, 2022 小倉百人一首の歌枕・藤原敏行朝臣の「住之江」を訪ねました。 大阪市住吉区を中心とする一帯で、当時は白砂青松の景勝地であり、住吉の津などとも呼ばれた。 住吉大社のシンボルになっている太鼓橋は、川端康成の小説反橋で「登るより降りる方が難しい」と書かれております。 また、源氏物語の澪標に描かれた明石の上の恋物語もこの地が舞台となっています。 続きを読む
歌枕を訪ねて(4)第六十四番歌「宇治」 第八番歌「喜撰山」 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 11月 22, 2022 権中納言定頼の「宇治」と喜撰法師の「喜撰山」を訪ねました。 宇治川は源義経軍と源義仲軍の「宇治川の戦い」で佐々木高綱と梶原景季が先陣争いをし、承久の乱では幕府軍と朝廷軍の戦いの場となった所です。 宇治市史によると「うじ」とは「うち」を意味するとあり、周りが山に囲まれ、西は巨椋池に塞がれていて、これらの「内」にあることから「うじ」と呼ぶようになったとあります。 世間から離れて山でひっそりと暮らした喜撰法師の名は宇治茶の銘柄にもなっており、「上喜撰」というのもあるようで、幕末の狂歌にその「上喜撰」と黒船の「蒸気船」をかけて [ 泰平の眠りを覚ます 上喜撰 たった四杯で 夜も寝られず] と詠われています。 続きを読む
歌枕を訪ねて(3)第四十六番歌「由良の戸」 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 11月 10, 2022 小倉百人一首 の歌枕・曾禰好忠の「由良の戸」を訪ねました。 京都府北部、宮津市の由良川河口です。 「由良の戸」の場所には二つの説があり、ひとつはこの宮津市の由良川河口で、曾禰好忠が丹後掾(たんごのじょう)という地方官吏であったことから、こちらが定説のようです。 もうひとつは和歌山県日高郡にある由良の御崎で、新古今集の時代で有名な歌枕です。 続きを読む
歌枕を訪ねて(2)第七十五番歌「興福寺」 リンクを取得 Facebook × Pinterest メール 他のアプリ 10月 15, 2022 小倉百人一首の歌枕・藤原基俊の「興福寺」を訪ねました。 今年(2022年)秋に120年ぶりの大規模修理に入り、しばらく外観を見ることができません。 工事着工前の特別拝観で通常は見られない内部を見てきましたが、残念ながら撮影は禁止のため動画に上げることは叶いませんでした。 しかし、あまり知られていない奈良県庁屋上からの素晴らしい風景を見ることができました。 行かれたことのない方は必見です。 続きを読む