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(57)  めぐりあひて  見しやそれとも            わかぬ間に   雲がくれにし   夜半の月かな                 (紫式部) (歌意) 久し振りに巡り合ったのに    その人かどうか見分けも             つかないうちに 帰ってしまった。    すぐに雲に隠れてしまった    夜中の月のように。     I wandered forth this moonlight night,    And some one hurried by;    But who it was I could not see,—    Clouds driving o’er the sky    Obscured the moon on hight.              MURASAKI SHIKIBU  作者が紫式部なので、ほとんどの人がこの歌は恋の歌だと思うけど、これは女友達を思って詠んだ歌だそうです。 つもる話があったのに、月が雲に隠れてしまうように早々と帰ってしまった友達との別れを惜しんで詠んだ歌だということです。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ (58) 有馬山 猪名の笹原 風吹けば        いでそよ人を 忘れやはする                                                   (大弐三位) (歌意) 有馬山に近い猪名の笹原に風が吹くと    「そよそよ」と笹の葉が鳴るように      あなたが風を吹かしてくれれば            私はいつでもなびきます。    ...
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  (55)   滝の音は 絶えて久しく なりぬれど      名こそ流れて なほ聞こえけれ              (大納言公任)        (歌意)大覚寺に伝わる滝の音は、      水が涸れて聞けなくなってから      久しくなったけれども、      その名声だけは世に流れ伝わって      今も聞こえているのだなあ。         This waterfall’s melodious voice   Was famed both far and near;   Although it long has ceased to flow,   Yet still with memory’s ear   Its gentle splash I hear.            THE FIRST ADVISER          OF STATE KINTO 平安時代に最も権力を持った藤原道長と同い年のこの歌の作者・藤原公任は、道長に 政治ではかなわなかったため、芸術方面で対抗心を燃やしていたそうです。この歌は、道長のお供として大覚寺を訪れたとき、庭にある枯れた滝を見て詠んだ一首だそうです。公任たちが訪れたときは、滝殿に水が溢れていたかつての滝の流れや音を思い描くことは出来たかも知れないが、現在の大覚寺に残っている滝跡では、まったく想像が出来ませんでした   。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※※※※※※※※※※※※※※※ ※※※※※※※ ※ ※※※※※※※ (56) あらざらむ この世のほかの 思ひ出に      今ひとたびの 逢ふこともがな               (和泉式部) (歌意) 私はまもなくこの世にはいないでしょう。              あの世への思い出に、       もう一度何とかしてお逢いしたいものです。     My life is drawing to a close,     I cannot longer stay,     A pleasant me...
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  (53) 嘆きつつ  ひとり寝る夜の  明くる間は       いかに久しき  ものとかは知る                                             (右大将道綱母) (歌意)あなたが来ないことを嘆きながら        独り寝をする夜の開けるまでの間が                どんなに長いものか       あなたは、ご存知ないでしょうね。     All through the long and dreary night    I lie awake and moan;    How desolate my chamber feels,    How weary I have grown     Of being left alone!           THE MOTHER OF MICHITSUNA,           COMMANDER OF      THE RIGHT IMPERIAL GUARDS 藤原兼家との子供、道綱を産んで間もなく兼家は三晩続けて来なかった。調べさせたところ、新しい女性の家に通っていたそうです。兼家が数日してからやって来たとき、道綱母は門をなかなか開けなかったところ「待ち疲れた」と言われたので、その直後に、枯れかけた菊の花を添えて送ったのがこの歌です。嫉妬と怒りに燃えた歌のようです。   ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ (54) 忘れじの  行く末までは ...
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  (52)  明けぬれば  暮るるものとは  知りながら       なほ恨めしき  朝ぼらけかな             (藤原道信朝臣)        (歌意)夜が明ければ、  やがて日が暮れ     あなたと逢えるものだと              わかっているが、     それでもやはり                 恨めしい夜明けなのだなあ。     Although I know the gentle night     Will surely follow morn,     Yet, when I’m wakened by the sun,     Turn over, stretch and yawn—     How I detest the dawn!                THE MINISTER          MICHINOBU FUJIWARA 京都大原の雪景と宇治市源氏物語ミュージアム展示の牛車を合成 90年代のヒットソングで「別れの朝」という唄がヒットしました。ちょうどその曲の情景のようです。ただその曲は、次はいつ逢えるか分からない寂しさがあったと思うけど、この歌は毎日逢えると分かっていても別れるのが寂しいので、夜が明けないで欲しいと詠っているのです。 写真は、凍てつくような寒空の中での辛い別れの朝を表現しました。
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   (50) 君がため 惜しからざりし 命さへ     長くもがなと 思ひけるかな                (藤原義孝)    (歌意) あなたへの想いが叶うなら、        惜しくもなかったこの命さえ        それが叶った今となっては、        もっと長くあって欲しいと           思うようになったのですよ。    Death had no terrors, Life no joys,          Before I met with thee;          But now I fear, however long          My life may chance to be,        ’Twill be too short for me!             YOSHITAKA FUJIWARA  逢う前と逢ってからの気持ちの変化を歌ってます。逢ってみて想いが通じると、この幸せが少しでも長く続いて、長生きしたいという気持ちに変わったようです。上の写真は、夕日の撮影に行った時、三脚を立てようとした足元のタンポポに部分的な光が当たっているのを見て、何か感ずるものがあったから撮ったものです。タンポポの綿毛の、いつまでも生き続けようとして飛び散って行く姿が、長生きをしたいと想うこの作者の心情に重なっているような気がします。ところが作者の藤原義隆は、幼い子供を残し、二十一歳で天然痘にかかって亡くなったそうです。 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※   (51)  かくとだに えやはいぶきの さしも草     さしも知らじな 燃ゆる思ひを              (藤原実方朝臣)  ( 歌意) このように、       ...
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  (49)  みかきもり  衛士のたく火の  夜は燃え        昼は消えつつ 物をこそ思へ              (大中臣能宣朝臣)   (歌意)宮中の門を警護する      衛士の焚く篝火が      夜は燃え、昼間は消えてるように      私の思いも夜は激しく燃え、      昼は消え入りそうに      物思いに沈んでいるよ。      My constancy to her I love      I never will forsake;      As surely as the Palace Guards      Each night their watch-fire make      And guard it till daybreak.          THE MINISTER YOSHINOBU,            OF PRIESTLY RANK 宮廷を守る衛士(今で言うところのガードマン)が、昼間も夜も一日中相手を想う歌です。燃え上がる炎で情熱を表現しています。 参考にしているPHP文庫・吉海直人氏監修の「こんなに面白かった百人一首」では、『更級日記』の中に、衛士と姫君のラブストーリーが書かれているとしています。それをそのまま引用すると、 武蔵国から衛士としてやって来た男が「郷里に帰りたいなぁ」と愚痴を吐いていたところ、帝の姫君がこれを聞いていた。そして「私をお前の故郷へ連れて行っておくれ」という。男は恐ろしく思いつつも、ついに姫君を故郷に連れ去った。ところが、姫君のお香で足がつき、すぐ追手に見つかってしまう。しかし姫君は「帰らない」の一点張り。困った帝はとうとう折れて、姫君と男に武蔵野を預け、立派な屋敷を建てて住まわせたという。   よほどカッコいい衛士だったのかな? しかし、呟いて見るものですねぇ。        
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(48) 風をいたみ 岩うつ波の おのれのみ       くだけて物を 思ふころかな                 (源 重之)   (歌意)風が激しく吹いて、      岩を打つ波が砕け散るのに      岩は何ともない。      私だけが乱れて恋の想いに      悩んでいるのですよ。     The waves that dash against the rocks  Are broken by the wind  And turned to spray; my loving heart  Is broken too, I find,  Since thou art so unkind.         SHIGEYUKI MINAMOTO     この歌は、強い波が打ち寄せても少しも動じない岩を冷淡な「女性」に例え、その岩に打ちつける波は、砕け散ってしまう「自分」の心に例えたものだそうです。相手のつれない態度を例えた片思いの心情風景です。